「Gone Girl」極限に現れる人間の本質。[2019-66]【レビュー#267】

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なんかエグいとか、グロいとか、いろんな噂を聞いていて、さらに洋書でありがちな、
表紙周りを埋め尽くす賞賛の言葉の数々。

((o(´∀`)o))ワクワクしながら読んでみました。

そんな感じで読み始めてみたんですが…


なんだか前半ダルくて、裏表紙とか最初の数ページにある賛辞の数々が、

「なんだかなぁ、そんなもんかい?」

と虚しく感じられながらも、とりあえず読み進めてました。

男側と女側、過去と現在、で交互に話が進んできて、んー、このスタイルが新しいのか?
これがゆくゆくくっつくんだよな、まだぁ?なんかダルいなぁ…。

と思いながらようやく半分。



!!


!!!



ここで一気に世界が変わりました。
いや、なんかですねぇ、後講釈なんですけど、前半読みながら、うすうすなんか変だなぁ、
核心が描かれてないもんなぁ…とか思いながら読んでたんですよ。

確かに「あぁ、そうきたか!?」という感じで完全想定外、って感じではなかったんですが、
でもグッと引き込まれました。
話しの展開もスピーディだし、細々アップダウンもあって、先を急いで読みました。
そして圧巻なのがエンディングに向けての展開ですかね…

うわわわわ、マジで…

え… えっ…… ゚(´・ω`・)エッ?

みたいな。

もう言葉を失います。
非常に気持ち悪い。気持ち悪いことこの上ない。

なんですが、よくよく考えてみると、描かれてきた背景にあるエピソードが強烈なだけで、
人生多かれ少なかれそんなものかもしれないなぁ、と。
削ぎ落として考えると人間生活の本質に迫ってる一冊な気がしました。

映画にもなってるようで、観てみたい。
と思ったんですが、読んでる途中で、ひょっとして飛行機の上で観たことあるかも?とも。
いずれにせよ観てみようかなと思いました。

ここまで読んで、ちょっと表現が曖昧でよくわからないなぁ、と感じられた方。
私もそう思います。
意図的にそういうふうに書いてきましたので。

なのでここからはもう少し具体的に書いてみようと思います。
ただ、ここから先は完全ネタバレなので、これから読まれる方とか、これから映画を見られる方
(結末同じかわかりませんが)、はそのつもりで、ご注意ください。
あくまでも自己責任でお願いします。クレームは受けつけません 笑

結局女の方が人殺しで人を操るのに異様に長けたサイコパスで、男は哀れ最終的には逃げきれず、
で終わってしまう、という現象面だけ捉えると、なんだか納得いかないなぁ、となりますね。

なんだよ、そこで引いちゃうのかよ、腰抜けが、という思いもわきましたよ、正直。

そんなに子供が大事なのか、と。自分のタネとはいえ人工授精やんけ、と。
そしてその裏もまだ取りきれてないじゃないか、とね。

ただ、恐らく(ここからは推測ですが)そこへのリアクションも含めて女の方はすべてお見通し、
そんな感じだったんだろうな、と。

そしてその後は外から見れば一見平穏、どころか幸せそうな家族ができあがるわけですよ。
旦那のほうは「いつ殺されるかわからない」という気が抜けない日々を送っているんですが、
そんなことは全然わからないわけです。他所からは。

それを知ってて虎視眈々と狙ってるのは奥さんのみ。
そして奥さんの方も旦那を完全に掌握した気になっていつつも、気をつけないと、
いつかどこかで足元をすくわれかねない、とヒヤヒヤも常にしているわけです。
なんといってもヤバいことやってきたのは自分ですから。

そういう外からは計り知れない緊張状態が生み出すあたかもお互いを気遣うような行動が、
外から見ると仲睦まじい幸せな家族に映るわけですよ。

これって、何を裏に抱えているかなんて家族ごとに千差万別、サイコパスだとか人殺しだとか、
そんなことは一見しただけじゃ誰もわからないし、そういう極端なことでなければ、というか、
そういうことであっても、外から見る方としては関係ないんですよね。
そう考えると、家族、とか人間が集団生活を送ること、ということの本質を描いているのかも。

サイコパスだって、このエイミーは中野信子氏(サイコパス (文春新書))の言葉を借りると、
勝ち組サイコパスに入る部類なわけで、一般社会生活に溶け込んでるわけです。
そういう意味では個人差の一つでしかない。

ああ奥深き多様性…

Gone girl
読了日: 2019年10月2日

映画はこちら。

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