死ぬ、っていったいどういうこと・・・。[20-02][レビュー#287]

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「死」はこわいもの、ですか・・・?

こんにちは。読書の専門家、りゅうたろうです。
突然ですが、

「死ぬこと」って考えたことありますか?

なにをいきなり、と思いました?
よね、きっと。

頭では「自分はいつか死ぬものだ」とはわかっていても、それは逃れようのない事実として、
知識としては知ってる、というレベルじゃないですか?どうですか?
自分はそんな感じかなぁ、と思います。

それなりに年を重ねてくれば、遠くから近くまで、いろんな人の死に遭遇してきたことでしょう。
おじいちゃん、おばあちゃんから親戚のおじさんおばさん、お世話になった先生、親・・・
もっと身近な人の死、というものにきっと向き合われたことがあるでしょう。

でもね、それを、じゃあ「明日は我が身」として現実的なものと捉えられていますかね?
デスノート、もとい、

エンドノート用意してるよー、

とか、

遺言用意してあるもんねー、

とかとか、そういう用意も大事かもしれません。
けど、それと、

ホントに明日にはこの世にいないかも

というのとは、やはりちょっと距離があるんじゃありませんか?
少なくとも私の場合はそうですね、というかそうでした。
あの日までは。

あの日?

その日、私は広島に出張してました。
朝から移動のため、タクシーに乗っていました。
その日の目的地は広島市街からはだいぶ離れたところだったので。

途中、モノレールの下のきれいな広い道を走っているときに、
運転手さんがいうんです。

「知ってます?このモノレール、建設中に落下事故があって、
 そのとき下に止まってた車がぺっちゃんこになったんですよ。
 7センチですって。もちろん即死ですよ」

ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ
7センチだか2センチだか、別の数字だったかは、話しのインパクトが強すぎて、
覚えてないのですが、この話しをきっかけに、急に死を意識するようになりました。

この事故自体は1991年に起こり、立派なオトナな年であったにもかかわらず記憶はなく、
また身近に巻き込まれた人もいたわけではなかったんですが、何やら強烈なインパクトでした。

(詳細を知りたい方はWikipedia「広島新交通システム橋桁落下事故」をご参照ください)

もっと身近な友人が亡くなったり、少し前には父親が亡くなったり、
これまでいろんな死に触れてきましたが、なぜかこの日のこの話しが強く残っています。
いまだに。

そのインパクトから多少時間が経ったところで、また日常に戻っていったわけですが、
それでも1日に1回くらいは「死」について考えることが多くなった感じです。

そんなある日、この本を本屋で見かけました。

そのときやっぱり思い出したのが、上記のエピソードでした。

その本、というのはこちらです ↓

原題は

「DEATH」

訳すとそのものズバリ

「死」

なにも引かない、なにも足さない、シンプルなタイトル。
ですが、日本語版では『「死」とは何か』
イェール大学での講義録をもとに書籍化されたもので、要約版が一度日本でも(は?)
出版されてるようで、本屋で見かけてはいましたが何故か手は伸びなかった。

今回改めて

「完全翻訳版」

とうたわれて店頭に並んでいたので手に取ってみました。
完全ですよ、完全。パーフェクト。

もう一度いいます、

「完全翻訳版」

まずは「速レポ」でも取り上げましたが、立ち読みで味見をしてみたんですが、
立ち読みだけではとても全体を舐めることもできないボリュームでした。

ざっと読んでみた限り面白そうだったので年末年始の読書に、と思って買ってみました。
その様子は「2019年 冬休みおすすめ読書」のとおりです。

1.読み方攻略編

なんといってもこの本、ハードカバーで700ページを超える大作です。
普通に頭から読んでいくとムダに時間を取られかねないな、と。
そこで、何度か触れた「フォーカス・リーディング習得ハンドブック」の中にある、
「重厚な本の読み方」の方法で試してみました。

かいつまんでいうと、

・ざっと3回〜5回くらい通しで下読みをする
「毎回読むたびに全体像が浮かび上がってくるように」てな感じで、1ページを3秒くらいで、
全体をざっくり捉える、ということをやりました。言われたとおり5回くらい。
ほんと、全体像がおぼろげながらつかめてきます。
仮にここでやめたとしても、なんとなくこんなこと書かれてた、くらいを飲み会で人に語れる、
そんなレベルではつかめるようになってました。

ここで終わる、というのもありっちゃありです。
が、内容的には面白そうだったので、引き続き、そこからは

・1日1章ずつくらいのペースで、スピードを上げすぎずに、読み通す
こんな感じのイレギュラーな読み方ですが、ここまでで一旦一冊とカウントすることにしました。
イレギュラー、といっても今までの自分の本の読み方に比べて、という意味です。あくまでも。


2.内容は?

内容は冒頭に書かれていますが、哲学書です。
「死」とは一体なんなのか、ということなんですが、これがなかなか一筋縄ではいかない。
「死」を規定するには、まず「生」を規定しなければならない。
つまり、人間が「生きている」というのは一体どういうことなのか、
を規定しなければならないわけです。

人間はただの物質なのか=物質主義、

それとも魂と肉体を持った存在なのか=二元論

古来哲学で論じられてきたことを下敷きに論じていきます。

著者のシェリー先生は物質主義者なんですが、一概に二元論を否定するわけではなく、
かといって物質主義を絶対として押しつけるわけでもなく、哲学的な議論を組み立てながら、
結論に導いていきます。

本書では二元論と物質主義を取り上げてますが、各派の中にもいろんな立場があります。
またこの二つだけではなくいろんな説があり、「死」を定義するだけでも大変な騒ぎです。

哲学の議論はアリストテレスやデカルトとかも出てきて、哲学の考え方のプロセスが学べます。
細かく細かく丁寧に例え話しや思考実験を繰り返しながら少しずつ説を進めていくという、
まぁなんとも面倒く興味深い議論プロセスが味わえました。

それがゆえにこのボリューム感か、という感じです。
内容は決して難しくはないと思います。

どこからが「生きている」状態で、どこから「死んでいる」といえるのか。
非常に悩ましく、ずっと昔から議論されてて未だ結論が出てない、というのが大きな発見でした。

これって法律にも関わってくる話だよなぁ、と。
殺人とか相続とかとか…。
その昔々に習ったような気がしますが、民法でどこから人と見做すか、でいろんな立場がある、
というのがあったのを思い出しました。

「死」はいたずらに恐れなくてもいいもんだ、という境地になれるかはわかりません。
でも「死」とじっくり向き合ってみる、というものいいかもしれないなぁ、と。

読了日: 2020年1月18日

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