何度でも「初心」に帰る。[20-05]【レビュー#290】

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悟るとか悟らないとか・・・

なかなか思うようにいかない。
そんな日ばかり。
こんにちは。読書の専門家りゅうたろうです。

もう何回目でしょうね。
今日のご紹介はこちら。


毎日一つずつ、老師の法話を聞くつもりで、コーヒーのお湯を沸かす合間に、
じっくり読み進めました。

一つ一つが心に沁みるんですが、不思議と後には残らない。
それは自分の記憶力の問題も多分にあるんだと思いますが、なんだか残しちゃいけない、
残らないことに執着しちゃいけない、と言われているような気もします。

残すことにこだわること自体が禅マインドから外れることのような感じがして、
線を引いたりメモを取ったりもあえてせずに流れるがままに読みました。

それでも残ったものが本質なのかな、と。

 − 悟りはすでにある。けど悟りはない。

 − すべてのものに仏性がある。

 − すべては一つ。生も死もない。

 − 大切なのはただひたすらに座ること。只管打坐あるのみ。

そんなところですかね。

改めて鈴木老師のプロフィールを見てみると、1904年生まれ。つまり日露戦争の始まった年です。
そして1971年にアメリカで亡くなってます。ベトナム戦争真っ盛りな時代。

日本で3回の戦争を経験し、アメリカで1回、計4回戦争を行なっている国に暮らす、
という経験は自分も含め今の時代の人には想像し難いものなんでしょう。

その経験に老師の修行が乗っかって独自の教えになっているのかどうかは分かりませんが、
ただの曹洞宗という枠には収まらない大きさを感じます。

といって曹洞宗のことを良く知っているわけではないのでちょっと無責任な言い方かな。
確かに曹洞宗の開祖である道元禅師は、自分のことを曹洞宗だ、と称したことはない、
と、これも鈴木老師の話なので出典が明らかではないのですが…

でもブッダの教え、やら、上で書いたことを道元が言ったとすれば、宗派にこだわる、
ってのは仏教の本質を外してるような気もしますよね。

毎度同じことを書いてるような気もしますが、それにはこだわらず、感じたままを。
それこそが禅かな、と。

禅レビュー

みたいな。

まぁ続編(正確には違う)あわせて、なにを求めるでもなく、繰り返し読もうと。

読了日: 2020年2月8日
禅マインドビギナーズ・マインド

鈴木俊隆/松永太郎 サンガ 2012年07月
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