人間の、その先は神なのか。それとも…[20-16]【#301】

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人類の危機は、すぐそこに…?

ユバリ、だかユラリ、だかノバリ、だかぜんぜん覚えられなくて困ってる、
それなのに読書の専門家とかほざいているりゅうたろうです。

今日紹介したいのはこれなんです。


Yuval Noah Harari、だから、ユヴァル・ノア・ハラリ、ですね。
だいたいあってた。

もうね、

ガチで覚えられない。まったく頭に入ってこない。

なんででしょうか?

ちなみにいい間違えた「ユバリ」、

漢字に変換するとなんと… 驚!!

そんなアホな話しは置いておいて、このハラリ氏といえば、前著は「サピエンス全史」
(レビューはこちら「『サピエンス全史』でじっくり今を考える*」*原著「Sapiens」です)


その「サピエンス全史」のレビューのときに、今日ご紹介のHomo Deusも早々に、
なんて書いていましたが、前著を読んだのが、2018年8月のことなので、
1年半弱で読了、といっても読み始めは今年に入ってからのはずで、
まぁ早々、の宣言はそれなりに守れたんではないかと。

ちなみに今回読んだのも、前著に続いて原書のほうです。

人間は戦争、飢えを克服し、死をも超越して不死に向かおうとしている。
そんなところから始まります。

Homo Deus、ってタイトルですからね。

Deus=神

ですよ。
要は前作のHomo SapiensからHomo Deusへ。
単に知力にまさる類人猿から神へ、ということ。

神ですよ、神

と、戻りますが、上で書いた投げかけ。

厳密に戦争がなくなった、とか飢えがなくなった、ということではないが、
人間が誕生して以来の歴史上、そして全球的な規模で見れば、人類全体にとって、
問題は別にある、と。

そして神はとうの昔に死に、これから(というかもう既に)

世の中を支配するのはデータだ、

といってます。

人間にしかないといわれている知性や感情も、すべてアルゴリズムに基づく生体反応で、
他の動植物となんら変わるところはない、と。
この極端ないいっぷりはどこかで聞いたな、と思ったんですよねー。

なんだろう、と思っていたら、奇しくも同じ時に買ったこの本でした。
2019年12月20日のこの記事に書いてました)



「『死』とは何か」の物質論と通じるものがあって、肉体が滅びればそのほかには何もない、
というのと共通する考え方だなぁ、と。
(『死』とは何かのレビューはこちら→「死ぬ、っていったいどういうこと・・・。」)
西洋哲学ではあるある、もしくは一般的な考え方なんでしょうか。
もしくは不勉強ですが哲学ってそんなものなのかしら?

話しを戻すと、アルゴリズム、データがすべてを支配する世界を迎えるにあたって、
データの側からすれば、かつて人間が他の生物をそうしてきたように、家畜同然の扱いを、
今度は自分たちが受けることになるだろう、と。

まぁあくまで可能性の話なんですけどね、あなたはどう思いますか?

というところで疑問を投げかけて終わり、という結論です。

データがすべてを支配する、とか、人為的につくられた見えない何かが世界を支配している、
そんなディストピアなシナリオって、ハクスリーとかオーウェルの世界さながらですね。
もう一回この辺読んでみたいですね、時間もあるし(苦笑)


今回、読んでる途中で、今回のこのコロナ騒ぎになったわけですが、「病気は克服した」
という主張を掲げた中で、このコロナな日々を著者だったらどう捉えるんだろう、
と思っていたら、ハラリさん、声明出してましたね。

Yuval Noah Harari: the world after coronavirus | Free to read
This storm will pass. But the choices we make now could change our lives for years to come
(この嵐はやがて過ぎ去るだろう。だが「今」の判断が将来的な我々の生活を大きく変えるだろう)
March 20, 2020 - Financial Times

と、なんやかや書いてきましたけど、あまりに長いし、話しが壮大なので、
印象に残ったところを。


ある女性が、自分がつきあうのに、ポールにするのかジョンするのか悩む話し。
こんなシーンがありまして。

まぁ、ポールとジョンといえば、まぁ、そうだよね、的なネーミングチョイスですが 笑

この女性はどういったプロセスで意思決定するのか、という話しなんですが…

アルゴリズムと意思決定の曖昧さのパラドクスみたいな、人間の意思決定も単なる生体反応、
というのはわかるんだけど、そんなにすっきり語れないよね、みたいな。

ポールとジョン、どっちにする?
(しつこい 笑)

みたいな迷いが起こった場合、コンピューターに相談する(?)と。
結局決めるのは自分なんだけど、どんなに的確かつ正確な分析に基づいた提案、判断だとしても、
「いうことはわかるけど…」となって受け入れられない。

逆に「こっちもあるよね、きっとこう言ってほしいんだよね」という提案されると、
これまた確かに当たっちゃいるし見透かされた感じもしてなんかヤダ、みたいな気分になったり。

かと思えばコンピューターの方も、一つ一つのことに対する反応、表情とか脈拍とか血圧とか…
を見て、そのデータに基づきながら提案を、リアルタイムでどんどんどんどん変化させてって…

一番好意的?だったり、納得感高そうだったり、な反応に落ち着いたところが結論、となる。

とすると、もともとのレコメンドと違った場合にアルゴリズムはどっちを優先するのか。
その場の納得なのか、将来的に見た幸せなのか…?
(何をもって幸せ、正しい判断、というのはこの際置いておくとして…)

で、結局は二択でしょ?もしくはどっちも選ばない、という三択か、あたりなわけで、
それって別にそんな高度なアルゴリズムがあろうとなかろうと、今、普通に行われてる、
人間対人間のコミュニケーションと変わらないんじゃないのかなぁ、と?

「話してスッキリした!〇〇にする!」

みたいな 笑

そんなアルゴリズムいらんやん、的なね。

と、なに書いてるかよくわからないですよね、きっと 笑

まぁコイツのいってることはようわからんが読んでみよう、と思われたら、ぜひ。

私は次に「21 Lessons for the 21st Century」を読んでみようと思います。

読了日: 2020年4月1日


日本語で、キンドル版だと合本版あるんですね。
ていうか原著は一冊ですけども。


サピエンス全史は、こちらです。
まだ読んでない!?
この際だから読んでみよう!


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