ビジョナリー・カンパニーとブラック企業。

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先日4月の読書記録を上げたばかりだというのに、もう5月も終わりかけてます。

するとまたすぐに月間の読書記録をまとめないといけないわけですが、
その間隙をぬって、最近あまりにサボりすぎていたので、ちょっと本について触れます。

一応、読書の専門家らしいしね 笑

ということで、今日取り上げるのは、

  ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則

です。
ご存知な方も多いと思いますが、経営?企業分析?の名作です。

って書いてて思ったんだけど、これ何の本?
ま、ジャンル分けすることが目的ではないんですけど、ちょっと不思議な感じが。
アマゾンではこのとおり、「アメリカ・カナダ・オーストラリアの経済事情」
ていうなんだかよくわからないカテゴリ分けされてますな 笑

そう、この本、前々から色んなところで人からも聞いていたし、
色んな本で引用されるので、ずーっと気になってまして。

なぜ今回これを手にとったのかというと、やはり同じ。
なんだったか忘れましたが、恐らく最近読んだ本で引用されてたからだと思います。

ちょっと5月の読書記録の一部先出しになっちゃうんだけど、
この本のうちのどれかだったかと思います。

  

  

  

たぶん、グーグルのやつだったんじゃなかと思うけど、いずれにせよ、
また気になる虫が刺激されたわけです。

で、この本自体は1995年、つまり今から20年以上も前に書かれたので、
社会も経済も、なにからなにまで違ってきてるので、ここで取り上げた会社が
今どうなのか、という後講釈で批判するつもりはないです。

まぁ厳密に言うと、この本の原題は「Built to Last」、
つまり永続する会社とはどういう作りなのかということを書いたもので、
日本語でも「時代を超える生存の原則」とちゃんと副題がついているので、
その点突っ込んでもアンフェアではないんだけどね 笑

ま、それはこの本もシリーズで4まで出ているので、
そこまで読み終えてからでも遅くはないかな、と。

本の内容に戻ると、この本で取り上げられてる中でも有名だと思うのが、
3Mの15%ストーリー(参考:3M公式サイト)とか、
ノードストロームとかの話しかな、と。

そして、もっとも強調されている点が「基本理念」。
つまりビジョナリー・カンパニーとそうでない会社は、この基本理念がどれだけちゃんとしているか、
の違いが決定的である、と。

なので、最初のほうでも説明されているんだが、ビジョナリー・カンパニーとそうでない会社、
(本文中では比較対象企業と呼んでいる)はどっちもいい企業なんだけど、
金メダルと銀メダルの違いくらいであって、ダメな会社と比べてるわけじゃない、と。
そしてその分水嶺は、基本理念であって、業績とか財務諸表とかROEとかじゃないよ、
と言ってるわけですね。

で、読んでる間は、まぁ「ふんふん」「ほぉほぉ」と思いながら、
その間多少の違和感も感じつつも読み終えたわけです。

読み終わったあとに振り返ってみて思ったのが、

  果たして自分が受け取ったのはなんだったのか?

というのに違和感、というかなんとなく気持よくない感じがしたので、
ちょっとその感じをあなたにも、というわけでもないけどシェアしてみようと
思ったんですね。

まぁそれがこの記事のタイトルに込めた意味なんですが、
基本理念とともに、個人的にはその次か同じくらいに印象的だったのが、

  ビジョナリー・カンパニーは必ずしも働きやすい会社ではない

という点です。

つまり、本書のロジックに基づけば、ビジョナリー・カンパニーとは、

  基本理念を達成するためなら何でもやる

会社である、と。
そこにはコアになる事業も、従業員満足も、株主満足もない。

例えば、ノードストロームの例でいうなら、

  顧客満足のためにはなんでもやる

というようなことなので、その一点のみに向かって会社、そしてそこに働く人も向かうのみ。
そして従業員はその顧客満足を達成することで満足を得なさい、というロジックなわけです。

途中の章では、

  ビジョナリー・カンパニーはカルトではないがカルト的である

というなんだか言葉の遊びのような状態になってきまして、

  ビジョナリー・カンパニーは必ずしも働きやすい場所ではない

といいます。
つまり基本理念に合う人間はいいけど、そうでない人間は去っていくと。

これを徹底して突き詰めていくと、労使間の紛争とかは絶対に起きないわけです。
労働組合なんて、それこそ基本理念にもっとも反するもの、てことになっちゃうわけで。

自分が思ったのは、やはり、

  ビジョナリー・カンパニーはカルトである

ですね。
その良し悪しを論じているわけではないです。

心酔して、とことんそこにハマれる人間にとっては、それこそ最高の居場所になる、
そいう会社なんだろうと。
この会社で働くことを心底誇りに思うし、他で働くことなど考えられない、
そんな風に思わせられるのは、やはりスゴい力を持った会社といえるでしょう。

そういう意味では、生涯雇用を前提としてきた、多くの日本企業が、
ビジョナリー・カンパニーであった、といえるんでしょうか?
それとも、安い円のおかげで、放っておいても伸びる高度成長期と、
健全なピラミッド型の人口バランスを背景としただけだったのか。

この辺は、ビジョナリー・カンパニーのシリーズを読み進めるつもりなので、
どこかの過程で戻ってくるかもしれません。

今の段階では、社会・経済の状況が高度成長期とは大きく変わり、
日本の企業の興亡も激しく、必ずしも「ビジョナリー・カンパニー」が多かったわけではないのかも、
と思っています。


最後に、この本を読んでいちばんに思ったことは、これ。

  ビジョナリー・カンパニー、作るのはいいけど働きたくはない


あなたはどう思われますか?
一度読んで見る価値は大いにあると思いますので、ご興味あればぜひ。



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