『哲学入門』哲学入門の入門ってないの?[20-33]【レビュー#318】

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ソ、ソ、ソクラテスか…


哲学というとそんな歌詞しか思い浮かばない、それでも読書の専門家りゅうたろうです。

哲学と聞くとなんとなく縁遠い感じやちょっと敬遠したくなる、そんな気分を感じつつも、
よくよく自分で書いたレビュー記事を「哲学」で検索してみると結構出てくる。

イヤよイヤよも〜、なのか、キライを克服しようとする意識の表れなのか…

意外と数が多いので、適当に過去のレビューから一部ピックアップしてみます。


今年(2020年)でここまで3冊読んでましたね。


昨年以前だとこの辺か。


そして日本で哲学、といったらこれは外せないでしょうね。
なんてエラそうなこと書きましたがぜんぜんついていけませんでした(笑)



こうやって書いていて思い出しましたが、今日ご紹介の本は、この『善の研究』
こちらがあまりに歯が立たなかったので、いつかくるリベンジのために、
そう思って下地づくりをしようと思ったんじゃないかな、と。

ということで前置き長くなりましたが、今日はこちらです。



読了といっていいのかどうなのか、目が滑ってどうも…
やっぱり哲学は体質的にあわないのか、と思いつつ、残った読後感は

「面白かった。」

なんか禅?仏教?
に通じるような考えが多いな、という印象。

下の記述とかはまさに仏教だな、と思った一節です。

どこまでも動いてゆくと同時にどこまでも止まっている、動即静、静即動といわれるのである。一切のものは世界から作られ、世界を表現し、世界においてある。それらは多であって同時に一なるものとして表現的である。一切のものはそれぞれ独立でありながら互に他を指示している。表現的なものは多様の統一であり、一即多、多即一ということを原理としている。


色即是空 空即是色。の般若心経に近い感じしません?
まぁ宗教も哲学っちゃ哲学なんでしょうけど。

もうひとつ、読んでいる最中に感じてたのが、これ「入門」?
というタイトルの意味がよく分からないなぁ…

もし「初学者のための入門書」ということなんだとしたらレベルが高すぎないか?
と思ったりもしたが、それはあんたのレベルが低すぎるからやろ、とも思ったり…


なんてぐるぐるしてた思いもあったんですが、本書の構成を考えてみると、
そういう意味では、

 デカルトが…

 カントが…

 ヒュームが…

 〇〇が…

的な記述が多かった気がするので、古今東西、いろんな哲学者がこんなこと言ってました。
というのを総花的に紹介した一冊、ということなんでしょうかねぇ?

メモに残ってたところから引用してみると、上の三者の名前はありませんが、
その他の哲学者からの引用も確かに多いな、というのが見て取れますね。

「生あるものは外的影響の極めて多様な条件に自己を適応させ、しかも一定の獲得された決定的な独立性を失わないという天賦を有する」、とゲーテも書いている。


物は自己自身のうちに矛盾を有する限りにおいてのみ、運動し、衝動と活動を有する」、とヘーゲルはいっている。矛盾を容れぬ形式論理に対して、矛盾こそ物の生命的なものであるというのが弁証法の根本思想である。


おのおのの時代は直接に神に属する、そしてその価値は決してそれから生れ出るものに基くのでなく、その存在そのもののうちに、それ自身の自己のうちにある」、とランケはいった。


アリストテレスが述べたように、徳は活動である。ひとが徳のある人間となるのも、徳のある行為をすることによってである。



結局哲学ってなんなんだ、というのははっきりとはわからないままですが、
感じたのはありとあらゆるものが哲学なのかな、と。

だから学習理論といわれているような、「学ぶこと」というのも哲学。
そう思えるような記述もありました。

我々は経験によって環境に適応してゆく。環境に対する我々の適応は、本能的或いは反射的でない場合、「試みと過ち」の過程を通じて行われる。この試みと過ちの過程が経験というものである。経験するというのは単に受動的な態度でなく、試みては過ち、過っては試みることである。

これってよくいう、というか自分は仕事がら非常に頻繁に、というか毎日のように、
接する経験学習そのものだな、と。


そもそもなんでこれを読もうと思ったか、に遡ると、やっぱりど素人に西田幾多郎は辛かった。
それと「死とはなにか」がやっぱり哲学の本だったこともあり、哲学ってなんなのさ、
的なことを知りたくてこの本にたどり着いたんだったな、と。

これが入門で素地ができたのであれば西田幾多郎に再トライ!てとこなんだけど、
どうなんでしょうか…


哲学入門
読了日: 2020年8月26日

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